September 02, 2015

距離

 どんなことであれ、ただ自分の快楽の為だけに行う行為が、習慣化ゆえに『やらなくてはならない』に変質してしまったときには、黙ってそっと距離をとるより仕方ないのだ。
 ゲームとかチマ作業とか、土いじりとかそんなやつ。

 一方で、習慣化されるべき行為であれば、『遂行した喜び』すら感じないほどに習慣化されることが望ましい。

 しかしまぁ、実際のオイラをと見れば、この二極の間を浮遊する『日常』と呼称される大量のデプリがあり、中心にはコロナを舞いあげ続ける恒星のようなリビドーが鎮座し、そうそう心穏やかではいられない。

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August 31, 2015

紙のノート

 ブログをご無沙汰して久しく、SNSはすっかりTwitter三昧になっている今日この頃。生存確認がてら投げる。
 Twitterの魅力はなにより「往来の人混みを流れてゆく感覚」なのだが、まぁ、往来には向かない日常の澱みたいなものもあり、これまたそこからイイ芽が出たりするもんで、2種類の「日記」を再開している。
 ひとつは手帳のカレンダーにつける「今日の概要」手帳なので、予定として書いたものがそのまま残ることもある。「出来事としての日記」
 もうひとつは「今日から明日への申し送り」。「1ネガティブな記憶」「2ポジティブな記憶」「3明日の目標」を軸にして今日を明日へつなげる。「心象風景としての日記」
 時間がないときや、気が向かないときは書かないし、気がのれば気が済むまで書いたって構わない…と、「自由気ままであること」という縛りをつけたが、まさにそれこそが苦手なところなので難しい。ついつい毎日決まった量を書こうとしてしまう。…貧乏性だ。
(なので、今日はそんな習慣を歪ませてみようとしているわけで)

 でもって、どんな形であれ「日記」が続くかどうかは「ノートの力」によるもんだと気づいた。(※使用者の個人的な感想であり特定の効果・効能を保証するものではありません)
 値段に関わらず、気に入って気に入って気に入りぬいたノートは、まぁ、飽きもせずに連れて歩き、開いてはニヤニヤし、何かしら書き着けてしまう。どこかに妥協したノートは、なんとなく億劫になって、書かないことそのものが引け目になってますます縁遠くなってしまう。

 うん。わかってる。オイラは、ノートに限らず文具全般が恋愛対象なんだ。

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April 17, 2011

てんでんこ

 「てんでんこ」。東電な人妻の名前ではない。釜石の避難理念である。
『地震がきたら、各自の判断でバラバラに高台に逃げろ』という意味である。
 地震の後、津波はどのタイミングで来るかわからない。どこまで来るかもわからない。だから、集合している暇はないし、「高台」がどこを指すかも状況によって変わる。例えば、家に老人や病人が残されていても、絶対に助けに戻ったりしないで逃げろ…という意味である。
 仮に家に居るのが息子らで、自分が高台近くに居るとしたら、逃げることができるかどうか、沿岸で暮らしていないオイラにはどうにも覚悟が足りない。そして、過去には全くそんな理由で、多くの家族がまるごと流された。
 一方、オイラが家に居て、他の家族が高台近くに居るとしたらどうだろう?絶対、自分のために危険を冒して欲しいとは思わない。仮にそれで、息子らが独り残されるとしても、そこから新しい家族を作ってくれればいい。息子らが、親を助けられなかった後悔に心を痛めるとしても、オイラ的には全滅を免れたその判断を誇りに思うだろう。で、出来るものなら、祖霊として頑張っちゃうだろう。(笑)少なくとも、そっちの覚悟は出来ている。

 それらをふまえて「てんでんこ」。
 天災への対応には、正解はない。避難しないことで逃れられる場合も、充分にあり得るのだ。だから、全滅を避ける為に、様々な選択肢で逃げる。誰かの指示でなく、自分の責任と判断で逃げる。そして、皆が「絶対的な正解などない」という点について、社会的に合意している。
 パニックでもデマでもなく、どこかにあるという伝説の正解を求めるのでなく、あくまでも肌で感じた状況で判断する……『生き延びる』って、そういうことなんだろうと、強く感じた。

 自然の近くにいないと、この感覚って鈍っちゃって良くないね(^^;)

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久しぶり

4月17日
 …って、もしかして1年ぶりくらいだったりする?
 ぶっちゃけ、すっかりツイッターでつぶやくばかりの日々だったりします(^^;)
ツイッターIDは「tree_treetop」なので、粒谷区民の方はフォロー歓迎です♪

 さて、今日は呟くには長いネタを。

 我が家の金魚&ドジョウ、その後、大変良好な同棲生活を営んでいます。
 餌やりは毎朝の殿の仕事として、大変に可愛がられる毎日です。

 で、今日、ちょっとばかりイヂワルしてみたくなり、殿に質問。
梢「ねぇ、金魚とドジョウ、食べてみる?」
殿「なんでそんな酷いこと言うわけぇ?」
梢「じゃあさ、殿が『金魚食べないと死んじゃう病』になったらどうする?」
殿「別の金魚買ってくる!」
梢「(おぉ!そうきたか!)じゃあ『殿が可愛がってる金魚を食べないと死んじゃう病』にかかったら、どうする?」
殿「金魚を誰かにあげるから、死んじゃってもいい!」
梢「(そんなにか・感動)じゃあ、かーちゃんが『殿が可愛がってる金魚を食べないと死んじゃう病』になったらどうする。」
殿「んー……んー……、そんな病気はありません!」

 ごめんなさい、オイラ、めちゃくちゃ笑ってしまいました。
 殿、成長したね(笑)

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July 15, 2010

盆の出来事

7月15日
 なんというか不思議な体感をした。
 昨日の勤務中、訪問先に向けてチャリンコにて爆走していたところ、不意に自分が交通事故に遭うイメージが脳裏から離れなくなった。相手は大型車。中を舞う自分の姿が妙にリアルで。なんの連想も脈絡もなく浮かんだことから、
「事故に気をつけろっていう暗示か?」
と思いつつ、近くの幹線道路へ向かうと、幹線道路を渡る横断歩道は青。
「ラッキー♪」
と心で呟きつつ、横断歩道を渡ろうとすると…、自転車後部座席のカバーが風に飛ばされ外れて、横断歩道とは反対の方向へ…
「ほっといて渡っちゃおうかな?」
と一瞬考えたものの、貧乏性(笑)のため渡るのを諦め、カバーを拾いに戻った。
 すると、さっきまでしつこいくらいに浮かんでいた交通事故のイメージが、これまた唐突にぱったりと消えてしまったわけで…。
 …無理して渡ったらいけなかったのかな?かな?…

 出来事としては、ただそれだけだが、折しも迎え盆。相方の父が警報してくれたんだろうと、勝手に思っています♪
(なにせ、オイラのご先祖様たちは、アッチもコッチも旧盆仕様なので(笑))

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May 26, 2010

麿、歩くを知る

5月25日
 先週くらいから、麿が歩きはじめた。歩きはじめたというより、『自分が歩けることに気付いた』という方が正確かもしれない。
 もともと、麿は「歩く欲」みたいなものが少な目の赤ちゃんだった。10ヶ月にはスタスタと歩いていた若は論外としても、1歳の誕生日にもまったく歩く気配がなく、一升餅をしょわせる恒例行事が中止になったほどである。
 かわりに、ハイハイの名手である麿は、トム&ジェリに登場する赤ん坊のお約束のごとき、驚きのスピードでそこいら中に潜り込み、様々な偉業を成し遂げてきた。(笑)
 それがある日、すっくと立った。そして、数歩進んだ。歩けることに驚いているのか、歩くことに集中しているのか、真剣な表情で、目を見開いて歩いている。手を前につきだした『よちよち歩き』ではなく、手をだらりと下げた『おっさん千鳥足』なのが、いかにも麿らしくて面白い。
 数日もすると、『歩く』こと自体が、麿の新しい遊びになった。初めて自転車に乗れたとき、初めてスケートが滑れたときに子供達が見せる、同じ誇らしさの輝きを放ちながら、麿はニコニコと歩いている。なんとも幸せな気持ちにさせてくれる、いい表情である。
 麿の赤ちゃん時代も、そろそろ終わり。おこちゃま時代の到来を感じる今日のオイラでありました。

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May 10, 2010

幻覚!?

5月10日
 保育園へ行った時のこと。殿の3歳児当時の担任、S保育士(現2歳児担任)と出会った。
 S保育士は、大層な殿フリークで、殿も一番慕っていた先生なのだが、その先生いわく、
「土曜日に、2歳児組から、殿君そっくりの声が聞こえてのぞいたら、殿君そっくりの背中が見えて、『あれ?幻覚?』って思ったら若君でしたo(*>_<)o」だとか。(若の土曜保育は2歳児の部屋だったのである。)
 …にしても、幻覚て…(笑)
「でも、若君の方が、殿君よりも少しスリムなんですね\xF9\x9F」と、さすがの観察眼なS先生でありました♪

 そして麿は夕方から発熱…誕生日が近いのにねぇ磤

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May 09, 2010

お初

5月9日
 今年初めて扇風機をつけた。案の定、息子達は興味津々。しばらく周りを取り囲んでいたのだが…
 若。尻を扇風機にあてて喜んでいる…(^^;

 更に、入浴前には「ち●ち●」を扇風機にさらして喜んでいる若…

 この子の将来が少しだけ心配になる今日のオイラでありました。(笑)

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ひなまつり

ひなまつり
3月3日
 写真は、今年のちらし寿司。他は蛤の吸い物に、鶏の唐揚げに、茸サラダ(=オイラが食べたかっただけ)。
 ちらし寿司に限らず、主に節目でしか作らない料理って、「おかーちゃん業の定期試験」と言う気がする(^^;。
 …中でもちらし寿司には、『オイラの母方祖母が憧れるほど手際よく仕上げる料理』という逸話があって、少し気合いが入る。(母方祖母は鉄の飯場で鍛えた腕らしい。)

 そんな今年のちらし寿司は、錦糸玉子がキツネ色になってしまった。まぁ、息子らが喜んでくれたから、吉とする。

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February 26, 2010

第3回定期演奏会…の舞台裏

2月21日
 わかっちゃあいたが、この日が来た。創立22年目なのに、定演が3回目なのは、長らく「非定期演奏会」だったからで、去年の定演にも、麿をお腹に入れたまま乗ったわけで…そう考えると、さほど久しぶりでもないはずの舞台なのだが、なにしろ間に色々な事があったのと、復帰してから数ヶ月足らずなのとで…、つまりはオイラ的にとても「ご無沙汰」感のある本番である。
 加えて2週間前の、『オイラ、新フルエンザ感染!』と、『若の、入院→手術→退院』という、なんだかわからない慌ただしさの中で迎えた本番…バタバタしていたのは、楽屋が狭かったから…だけではない。(無論、楽屋も狭かった。定員4名という感じ。)
 でもって、オイラの止まらない咳…インフルエンザはタミフル治っても、残り咳を治す分の体力はなかったようで、過敏になった喉には、さらりとした痰が絡まり、それが咳になって出てくる…不快ではないが、歌いにくい…。
 バタバタしながらも、本番ならではの興奮と、いくばくかの浮遊感とで、もどかしいながらも最後まで歌えた。パートメンバーの助力をいっぱいもらった。間違いなく、一人では歌えなかっただろう。多分、此処は見ていないだろうけど、本当にありがとう。
 次に繋げることとか、その前に3/6の本番とか色々あるけれど、「こんな状態でも、舞台にあがった」という経験点に換算されることだけは間違いないと思う。
 …なにより、「こんな状態」でも、とても楽しかったのだ。

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